未払診療報酬の回収

1 未払診療報酬と応召義務、時効の問題

一般の商売の場合、客が商品やサービスの代金を支払わないならば、店側は商品やサービスの提供を断ったり、停止したりすることができます。

しかし、病院やクリニックには「応召義務」があり、病気やけがをした人に治療を求められれば対応する必要があります。たとえ、診療報酬を支払ってもらえない可能性が高くても、治療を拒絶することは基本的にはできません。

診療費を支払わずに滞納してしまう患者は、診療費を払わなくても治療を受けられることから、そのまま滞納を重ねていくことが少なくありません。病院側も日々の業務に忙しく、債権回収に時間や労力をかけることができないことも少なくありません。

診療報酬の時効は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年(民法166条1項)とされています。債権回収されないまま、治療をし続け、大きな金額の未払い報酬になっているのに、時効にかかってしまったなどとならないように、未払い額が少ない時点から、未払診療報酬の回収をしていくことが大切になります。

2 未払診療報酬の回収方法

患者から未払診療報酬(動物病院の診療報酬なども同様です)などの債権回収する方法は複数ありますが、主なものをご紹介いたします。

(1) 交渉による回収

① 電話、メール、手紙等を使い、未払診療報酬を払うように請求する

金額が少額の場合であれば、メールや電話などで支払いの催促をするのがようでしょう。一番手間暇やコストのかからない方法ではありますが、心理的な強制力が少ないのがデメリットです。

また、支払いをしやすくするために、コンビニなどで支払える振込用紙を添えて郵送する方法も支払いを促すために有効な手段です。

② 内容証明を送付する

メールや電話、振込用紙を添えた手紙などでも効果がなければ、督促状を作成して送付します。督促状は1度きりではなく、複数回送るとよいでしょう。

複数回の督促を受ければ「何とかしないといけない」と思うことも少なくありません。そのため、期限を区切り、2週間経過して支払いがないなら再度の督促など期限を区切り、督促状を送付していくことがポイントになります。

その際、内容証明郵便を利用した督促状を送付することをお勧めします。内容証明は、期限を区切って回答を求め、対応しなければ訴訟などの法的手続を行うことなども記載し、「遅延損害金」や「弁護士費用」などもあわせて請求する」など、未払診療報酬の支払いを放置していることに危機感を持ってもらうような内容の督促状にすることをお勧めします。

内容証明郵便の送付によって法律上の「催告」を行うことができます。法律上、催告は時効の完成猶予事由とされていますので(民法150条1項)、催告があったときから6か月を経過するまでの間は、時効の完成をストップさせることができます。

催告は、時効の進行をリセットする効果はないですが、訴訟手続きに進む前の時間的余裕が作れることがあり、時効の完成が迫っている場合に、訴訟提起までの時間的余裕を作ることができるのです。

(2) 裁判による回収

督促状を送付しても、未払診療報酬が支払われなければ、裁判手続を利用することになります。裁判手続として以下のようなものがあります。

① 支払督促

「支払督促」とは、裁判所から文書で支払いの督促をしてもらう制度です。支払督促の手続により、仮執行宣言付支払督促を獲得できます。

仮執行宣言付支払督促は、いわゆる債務名義の1つであり、相手の財産の差押などの強制執行をすることができるようになります。

支払督促を受けた側は、支払いに異議がある場合は、「異議」を申し出る手続きをすることができ、その場合は、支払督促が通常の裁判に移行することになっています。「異議」の申し出がなければ、そのまま仮執行宣言付支払督促を獲得できるのです。

患者から異議が出なければ裁判所への出頭が必要はなく、患者から異議が出なければ1か月半程度の比較的短期間で終わります。

② 少額訴訟

「少額訴訟」とは、60万円以下の請求について1回で裁判を終結させる手続きです。少額訴訟についても、訴えられた側は「少額訴訟ではなく通常訴訟で審理すること」を裁判所にもとめることができ、その場合は、少額訴訟の手続きは通常訴訟に移行します。

通常訴訟は、訴訟が1回で終わらず、期間が長くなりがちです。少額訴訟が1回で終結することは、時間や労力について負担が少なくすむというのがメリットになります。一方で、

1回で結論を出すため、準備不足により敗訴してしまう可能性もあるということになります。1回の裁判期日で終わることを想定して、完全な準備を事前にしておくことが必要になります。

③ 民事調停

民事調停は、裁判官1名と一般から選ばれた有識者2名からなる調停委員会が、当事者双方から話を聞いたうえで解決策を提示します。調停は非公開で行われるので、秘密は守られます。

双方が未払い診療報酬の支払いの条件について合意ができ、調停が成立すれば債務名義を持つ調停調書が交付されますが、調停不成立になれば通常の訴訟に移行するのが通常です。

④ 通常訴訟

通常訴訟は、もっとも一般的な裁判手続きです。被告が原告の言い分を認めれば原告勝利の判決、またが被告の認諾調書作成で訴訟は終わりますが、事案に争いがあれば、期日を重ねて原告と被告双方の言い分を準備書面により出し合い、裁判所が争点を整理して絞ります。1日で判決が出る少額訴訟とは異なり、争点ややりとりが多くなれば多いほど判決までの時間を要します。

労力や費用、時間もかかるため、費用対効果はあまりないことが少なくありません。

⑤ 強制執行を行う

上記①~④により、裁判で患者に対して未払診療報酬を払うよう命じられるようになっても(これを専門用語では、債務名義を取るといいます)、患者が未払診療報酬を支払わないことがあります。その場合に、行うことができるのは、強制執行です。

強制執行手続は、患者が所有している財産があれば、その財産を強制的に取り上げてこれを未払の請負代金に充てられます。しかし、実際には、患者にどのような財産があるのか不明なことが多く、たとえあっても流動的であるため、いざ強制執行をしようとしたときには、財産がなくなっていたなどということは少なくありません。

3 未払診療報酬を防ぐためにできること

(1) 保証金・連帯保証人制度を利用する

医療費の未払いを防ぐために、保証金制度や連帯保証制度を利用することをお勧めします。保証金制度とは、入院・手術など医療費が高額になると見込まれる場合に費用の一部を前払いしてもらう制度です。

連帯保証人制度とは、医療費が未払いとなった場合に代わりに支払ってくれる人を決めておく制度のことをいいます。連帯保証人がいれば、もし治療終了後に患者が医療費を支払えない場合には、連帯保証人に請求することで医療費を回収することが可能です。

(2) 生活保護受給などをお勧めする

患者が未払診療報酬を支払えないのは、実際のところ、支払う能力がないほど生活が困窮している可能性もあります。病気のために働くこともままならず、収入が途絶えた、もしくは、非常に少なくなった、預貯金も枯渇したなどということもあり得ます。

診療報酬を支払わない患者に対して、ただ支払えというのではなく、支払えない事情をしっかり聴き、場合によっては生活保護受給につなげることも大切になります。

4 まとめ

病院の業務はただでさえ忙しいものですが、未払いの医療費をそのままにしておくと時効が成立し、回収できなくなってしまう可能性があります。

アポロ法律事務所は、未払診療報酬のご相談、ご依頼を承っております。まずはお気軽にご相談ください。

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